「はじめちょろちょろ、中パッパ、赤子泣いてもフタとるな」とは昔ながらの「かまど」でご飯を美味しく炊くための火加減と手順を教える有名な言葉です。
竈(かまど)は、江戸から大正時代に調理するため、各家庭に必ずあったけど、時代の変化で今では見なくなってしまったね。
その竈を今回、復活させようと目論んでる、そして見つけたのが、『イソライトかまど』実は竈ってまだ市販されているんです、ビックリじゃね!



タイル仕様の竈、なんだか懐かしい雰囲気だよね。
僕達が今回、新潟に再移住する予定での暮らしのテーマが、
僕達が輝く、もの こと じかん
もの に竈を取り入れたいと思ってる。
テーマは暮らしを楽しむ事に特化してるんです。
竈を設置するという事は、建築当時の暮らしに立ち返り、もの こと じかん を自分らしく楽しむということ。
実は僕、竈がある暮らしを体験してるんです。
えっ、マジ?イチって50代だよね?
えぇ、50代ですけど何か?
実は祖父母の家には竈があって、小学生低学年の頃まで現役で使われてたので、すごく思い入れもあって懐かしなぁ。
朝、大量にお米を炊いてお櫃(おひつ)に入れておいて1日分のご飯になるから、温かいご飯は朝だけだったなぁ、お昼と夕ご飯は冷めたご飯だったけど、美味しかった。
お櫃(おひつ)は、炊きたてのご飯の余分な水分を吸い取り、適度な湿度を保つことで、冷めても「しっとり・もちもち」の美味しい状態を維持する伝統的な保存容器だということを大人になって知ったけど、昔の人の知恵だよね。
今の時代、古民家といえど竈を使ってる人はごく少数だろうね、でも、竈こそ僕達のテーマ もの こと じかんの原点だったりする、もの(かまど)こと(手間)じかん(楽しむ)全てを暮らしの中に取り込むことで、全てがもの こと じかんに繋がると考えてるから、明治時代にタイムスリップしたような古き良き時代の暮らしに立ち返り、輝く暮らしを送りたいんだよね。

今はリフォームされた洋室が昔は土間だったんだけど、その場所を土間に戻し、竈を設置する計画なんだよ。
なんで今の時代に、古民家や竈なん?
もっと、効率よく暮らせるし、便利な世の中を楽しめば良いじゃんと思うよね、でも、僕達は楽しめてないんだよ、現代の暮らしから、昔の暮らしを経験したらそっちが楽しくなっちゃった。
便利=楽しむ手段の省略
効率=楽しむ労力の省略
そう、暮らしの省略が現代の暮らし方なんだけど、暮らしを楽しむことを放棄していると思っちゃったんだよね、明治時代の暮らしなんて、めちゃ非効率だと思うよ、かまどでご飯炊くより炊飯ジャーで時短した方が良くね?
そうだよねぇ、時間かかるもんねぇ、でも、非効率な竈でご飯炊く時間が楽しみになればどうだろう?美味しいご飯を炊きながら、火の番をしながら読書したり、ボーッとしたり、1日の始まりに今日の予定を考えたり、そんな時間が暮らしの一部になり、心が豊かになる、僕はそう考えたんだよ。
もの こと じかん が暮らしの中心になり、古民家暮らしを幸せに彩る。
でも、この暮らし方ってサラリーマンじゃできない、半農半Xや自給自足の暮らしがベースで成り立つ暮らし方だと思う、ハードルは高くなるかもしれないけど、人間は慣れる生き物、不便な暮らしには慣れる、そして工夫をして楽しみを見つけ、当たり前の暮らしになる。
僕達の暮らしの中心は竈になるだろう、それは人が生きるために食べるという事が暮らすという事だからね、食べるという楽しみが竈にある、便利、効率とは無縁の手間をかけるという楽しみ。
それが僕達の暮らしだと感じてる。
おわり